鼻先をくすぐる懐かしい香り
誰にでもそんな事ってあると思うが
俺はその匂いでよみがえる記憶がたくさんある
卒業式 入学式の朝の匂い
ラジオ体操に行く朝の匂い
遠足の朝の匂い
全校生徒のいすを前の日から校庭に並べ
むかえた運動会当日の朝の匂い
不思議と朝の匂いが多い
この11月の市場の匂いは
初めて市場に勤めはじめた日のにおいがする
特に何の匂いがするというわけではないけど
なんか懐かしい匂い
もっと古い記憶だと
11月の夜の雨の匂いは
一人暮らしを始めたころの匂いがする
当時 風呂なしアパート 閉店ぎりぎりの銭湯へ行き
帰り道コンビニで弁当を買って帰るときの匂いがする
エアコンなんて当然なく
小さな電気ストーブひとつ
たいした家具もなく レコードや楽器 夢が散乱していた部屋
当時は携帯電話なんかなく もちろんパソコンなんてない
万年床の上で毛布にくるまってギターを弾いていた
人恋しい夜はポケットの中の十円玉の数だけ電話ボックスを独り占めできた
バイトや住むところはその後転々としても
見果てぬ夢を夢見て走り続けていたつもりだったけど
いつも同じところを回り続けて 気がつけばまた一周しただけ
秋はいつでもそこに立っていた
この時期の雨 いつもそんな事思い出します
街は今日も雨さ
街は今日も雨さ
びしょ濡れの心の向こうに
標識がかすんで見える
街は今日も雨さ
16の夜 家を出た
お袋は行くなと泣いた
知らない街でポリバケツをかぶって
それでも笑っていたさ
怖いものなんて何もなかったから
とりあえずは食う事さ
新聞の広告で仕事をひろった
朝から晩まで指紋がすりきれるほど
皿を洗い続けてたったの3200円
つぶれかけたスナックの裏にある
かび臭い部屋 俺のねぐら
何が都会の気ままな暮らしだ
それどころじゃねえ まったくそれどころじゃねえ
日曜日の昼間ともなれば
気が狂うほどの忙しさで
俺は飯を食う暇もなく
立ったまま残飯をつついた
そんな繰り返しの毎日が
やたら俺を弱気にさせた
立ってるだけでやっとの街で
いったい何がつかめるんだい
久しぶりにお袋に電話をかける
雨降る街の赤茶けた公衆電話から
お袋は静かな声でたったひと言
『生きてなさい』 そう言った
街は今日も雨さ
びしょ濡れの心の向こうに
標識がかすんで見える
街は今日も雨さ
今日が昨日の繰り返しでも
明日が今日の繰り返しでも