" /> ブログタイトル『だから花屋はやめられない』を続けるわけとは? -

ブログタイトル『だから花屋はやめられない』を続けるわけとは?

bloggerへの道

2012年11月4日の記事から

このブログのタイトルだから花屋はやめられないを検索するといくつかヒットするって話
今でもたまに検索してみると同じ名前のタイトルのブログなどはなくなっていました。
記事内に『だから花屋はやめられない』というフレーズを使った記事などは何個かヒットします。
同じタイトルで書いていた花屋さんも
今のご時世 『だけど花屋をやめちゃった』になってしまったのだろうか?
著作権や使用特許を取っているわけではないし
特別な造語でもないので日常会話に普通に出てきそうだし
さすがにタイトルにしてまでというほど名言でもない

もし今すごく景気が良かったら
この『だから花屋はやめられない』というのはもっとたくさん使われるのだろう
やめらんないというほど景気がよくない
もしかしたらオープンする花屋さんより閉める花屋のほうが増えたのだろうか?
そういえばやめるって話は聞いてもオープンするって話は最近ではあまり聞かなくなった気がする
見た目やイメージほど魅力的じゃないんですよね花屋って
切り花はギフトで売れなくちゃ売り上げにならないし 花1本1本ちまちま売っても大した売り上げにはならないし
大きな売り上げが立つとしたら葬儀か婚礼それかイベントなどの装飾 他に胡蝶蘭やスタンド花
束 パック売りとかほんと利益薄いんですその分数売らなくちゃなんない
ウチみたいなスーパーの中でもなく駅中でもなく大型店舗の中のテナントでもなく賑わう商店街の中でもない
いわゆる路面店 
店に来る大半のお客さんは近所の人 それも年配の人
店を始めた18年前に比べると顔ぶれはだいぶ変わりました。
年々変わっていきます
自分が年をとってゆくのと同じでお客さんも年をとってゆきます
世代交代していきます
開店当時来ていたおばあちゃんおじいちゃんのほとんどが亡くなってしまい
おばちゃん おじちゃんだった人がおばあちゃんおじいちゃんになってゆく
花を日常に飾る習慣も少なくなってきた
節句にも花を飾らなくなった お正月の飾りも年々モダンか可愛いものに変わっていった
お盆なんて生モノの物より造花にかわり迎え火を焚く家もなくなってしまった。
桃の節句の桃も枝折りの束ではなく短いミニブーケのようなものしか売れない
端午の節句も葉菖蒲は売れるが花菖蒲は売れなくなった。
いろんなものが少なくなったが
唯一量は減ってはいても売れるのが仏花 お墓参りの花
亡くなった人が多ければお墓参りに行く人も多くなるのでお彼岸の花は売れている
店的にはこれらの用途の花に加え、最近ではペットのお悔やみ花が増え続けている
いつからかペットへのお供えの花は当店でと言ってもいい位増えた
ペットを飼っている人にしてみればペットも家族なので全然おかしいこともない
だとしたらペットが亡くなった時だけではなく命日 お盆 お彼岸も人と同じじゃないんだろうかと思います
葬儀屋さんでは当たり前だが
死ということを花で装飾することで報酬をもらう
変な言い方をすると亡くなる人が多ければ多いほど儲かる
因果な商売です
もし葬儀で花がいらなくなってしまったら、いつ花を飾るのだろうか
出産祝い 誕生日 結婚式 いろいろな記念日 そしてお葬式
人は生まれてから死ぬまで必ず花が贈られている
これらの用途は今でも比較的 花を贈るタイミングとしてジワリ続いています
もっと普段の花を飾る習慣がなくなってきたんでしょう
床の間もなければ花を飾るスペースもない
花瓶さえない世代がほとんどなのではないだろうか
少し前のラーメンブームやタピオカみたいなブームは来ないかな
それはそれで息が短いからあっという間に終わっちゃったし
タピオカだってあと何年このブームが続くかわかんない

小売店が売れなくちゃ市場や生産者さんも潤わなくなってしまう
業界自体が先すぼみだといわれている
どうすりゃあいいのかわかんないし自分一人でどうなることでもない
なんか起爆剤のようなものがあればいいのだが
かといってこのブログがそれに代わるとも思えないし
どうすりゃいいんでしょ?

だったらなんで『だから花屋はやめられない』なんてタイトルを十何年も続けているのか?
実は年齢が年齢なだけに
やめるにやめられないんです
他に転職先でもあるならとっくに移ってるだろう
もうこの歳じゃあ、転職するったってそう簡単なもんじゃない
結局先行き暗くてもこの商売が好きなんだろうか?
自分に問いかけてます

ではでは

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。